父は四天王寺さんに眠っている・・・


平成18年6月18日に父が他界しました。
その少し前に・・・父が、私に言ったんです。


「かえこ(私、仮名)おとったんな(父は自分をこう呼んだ)」

「うん、どうしたん?」

「おとったん、死んだら 四天王寺さんに行きたいんや」

「うん・・・」

「四天王寺さんで、まゆみが淋しがってるんや。
 あの子、一人で おとったんを待ってるんや」

「うん・・・」


まゆみっていうのは私の腹違いの姉のことです。
父は最初、母の姉と結婚していて
その母の姉にあたる最初の奥さんとの間に
まゆみという女の子がいたんです。
幼いまゆみを残し その母の姉が若くして亡くなり・・・
父は、まゆみを連れて自分の実家に戻りました。
幼いまゆみを残して仕事にも行けなくなった父を見て
周りの人が、私の母との結婚を強くすすめたのですが
父も母も、嫌だったようで・・・
でも、幼いまゆみのことを思って・・・
結局は、父と母は結婚したんです。
けど、私の母(父の最初の奥さんの妹)と 
結婚して2~3年後(かな?)に 
まゆみが病気で亡くなってしまったんです。
その時には、私の姉は生まれてたらしいので
父と母は離婚できなかったんでしょうね・・・
父は養子として母と結婚してたので
家には母の母(まゆみや私の祖母)もいました。
ある時、まゆみが病気になり
心配した祖母がまゆみを抱きしめ一緒に寝てて・・・
起きたら・・・祖母の腕の中で 
まゆみが亡くなっていたものですから
父は、祖母がまゆみをきつく抱きしめすぎて
まゆみを死なせたんだと言い・・・
祖母と父は一生、仲が悪かったんです。
母もまた、嫌々結婚した父が嫌いで・・・
毎日のようにケンカしていました。
そして祖母も母には辛くあたり、、、
なんで、おまえみたいな みそっかすが生き残ったのか
みたいな暴言を吐いていたので
祖母と母も仲が悪かったのです。
私が物心ついたころは近所の人が集まり
練炭火鉢を囲んで私の両親の離婚の話し合いをしていました。
父が七輪を頭の上に持ち上げながら
逃げる母を追いかける姿は・・・
今も、はっきりと覚えています。
くそ真面目できっちりした父だったのに
その頃は、気持ちも凹んでいたのでしょう・・・
ちっとも働いてくれなかった父を探しに
母の自転車の後ろに乗せられ・・・
繁華街の飲み屋さんを探してたことも
探し疲れて・・・その後、神社に行って

「別れたい、別れたい~~ でも、この子らいるから
 別れられへん・・・別れたい」

そんなことを言いながら泣いていた母も覚えています。
そんなことも手伝って・・・
私は、自分勝手な父が大嫌いでした。
なんでも、自分のいいなりにしようとする父が
ホント、大嫌いでした。
大嫌いすぎて、家出したこともあります。
何度も何度も母に離婚してほしいと言いましたが
なぜか、離婚しませんでした。
私が結婚する年ごろになった時も
結婚する相手は、お金がある人を強く希望した父でした。
私は、お金じゃない!!と 父とケンカし
お金がなくても、幸せになるから見てろよ!と
強く強く思ったのです。
なので、私は 出世よりも家庭を大切にしてくれる人・・・
いや・・・家庭っていうより「妻」を 
いつまでも大切にしてくれる人を望みました。
けど・・・
今になってみると私の幸せを強く望んでくれてたことわかります。
何年も入院してた父のところに行くと
いつも、同じことを言ってくれました。

「おまえみたいな可愛い子はいない。
 幼稚園の学芸会でかぐや姫やったんなぁ~
 手、上げて かわいらしかったなぁ~」

いつも、こんなに言ってくれたのです。
幼稚園以降、私は父に対して いい思いを
してもらえなかったのかもしれません・・・
幼稚園の時のことしか父から言ってもらえなかったなんて・・・
私は親不孝な娘です。
死んでしまってからは大好きだった母と
同じくらい父を思い出し・・・
絶対に言いたくはない言葉が頭をよぎります。

ああすれば、よかった・・・言いたくない言葉です。

でも、思うのです・・・
そう、もっともっと父を大切にすればよかった。
もっともっと話を聞いてうなずけばよかった。
淋しい思いさせたなぁ・・・


父は分骨されて、四天王寺さんにも眠っています。
14日、阿倍野ハルカスに行くけど
父にも会いに行ってきます。
納骨に行ったきり、全然行ってないんです。
でも、毎日 手は合わせているからね(^^)

私を、かたこま(肩車)してくれながら


「ほれ、あのお月さんとっちゃろか?(とってあげようか?)」


そんなこと言ってくれた優しい父に
10年ぶりに会ってきます。

c0211824_10241565.jpg

by rakki_618 | 2016-05-12 10:38 | その他のこと | Comments(6)
Commented by aoi at 2016-05-12 11:50 x
こんにちは
お父さんが亡くなって10年近くになるんですね。
みるくさんのご両親は 大変な人生を歩んだんですね。
お母さんの決心はすごいなって思いました。
実のお姉さんの旦那さんと結婚をし子供を育てようと・・・
父が大嫌いだったと言うのは私も同じで、結婚するまでは父への反抗 2年くらい父とは口も聞かず 人前でも父を無視してましたからね。
でも結婚し家を出てから なんであんなに父にひどいことをしたんだろうと反省したものです。
結局親孝行もせずになってしまいましたけどね。
優しい父ではあったんですけどね。
大人になったら理解できることもあるんですよね。
四天王寺に眠ってるお父さん 会いに行ったら喜んでくれることでしょう。
Commented by rakki_618 at 2016-05-12 21:02
aoiさんへ

こんばんは~
そうなんです、父が亡くなってから
もう10年ですね・・・
そして、この日はラッキーの10回目の誕生日でもあります(^^)
うちの両親も色々と大変な人生だったと思いますが
昔の人って、みんなそれぞれに大変な苦労されてると思いますね~。
母には好きな人はいなかったのかなぁ・・・とか、思いますね。
生活が苦しくて、私が中学校の頃 母は夜も働いてくれてました。
その時の同僚で女性なのに男っぽい人がいたんです。
なんか・・・母はこの人を好きなんじゃないのかな?って
思ったことありました。
もしかしたら、男の人を嫌いだったのかな?って
もし、そうだとしたら・・・父と結婚するのって
めちゃ苦痛だったろうなぁ~って思います。
まぁ、私の思い過ごしかもしれませんが(^^;)
aoiさんも、お父さんが苦手だったんですよね・・・
今となれば、なんでなんで?なんでもっと優しく・・・って
思いますよね(^^;)
うんうん・・・大人になって理解できること、ありますよね。
Commented by らいぐー at 2016-05-12 22:46 x
こんばんは

親の不仲を見て育つって、子どもとしてはつらいですよね。
うちは、どちらかというと主従関係の夫婦でしたね。
父親はお山の大将。
おしゃべりが上手で、人を飽きさせない人でした。
父のような人を「立て板に水」っていうんだろうな~って思ってました。

温泉街の芸子さんに貢いじゃったりもあったらしいけど、うちの母(ばーば)と結婚してからは落ち着いたみたいです。^^
一番困ったのは借金。
生命保険で借金返済っていう人生。
ある意味すごいです。
嫌いではなかったし、生きてる間に親孝行はしつくしたと思うから(反抗期もなかったし。( ̄∇ ̄*)ゞエヘヘ)ああすれば。。。はないかな。

父は56で亡くなって、ということは
今の私くらいの時にばーばは夫を亡くしたのね。

不安だったろうな。。。
ま、そこも私が面倒みてたし
親孝行は現在進行形でしてるから、もうお役御免したいくらい。(*ノωノ)なんてね♪

うちの父親は「成田山」に永代供養を生前に頼んでいました。
大塔に名前の入った仏像があります。
信心深い人だったから、不信心な妻(ばーば)や私じゃ、心配だったんでしょうね。
(;^_^A アセアセ・・・

みるくさんのお父さんも、生前の願いが叶って喜んでいるでしょうね。
私もたまには成田山に行かないと駄目ね。
(;^ω^)
Commented by rakki_618 at 2016-05-13 10:06
らいぐーさんへ

こんにちは~
そうなのよ~~
親が不仲、祖母と母も不仲、両親と姉も不仲、姉と私も不仲
不仲だらけ~~
祖母は「まゆみは可愛かった」って ずっと言うし。。。
そんなの聞くのは、嫌だったなぁ~~
不仲だらけの家族だったので、自分の息子たちは
兄弟仲がいいのを強く強く望んだのに。。。これまた不仲^^
「不仲まんじゅう」でも 作ろうか(^^;)
らいぐーさんのお父さんは活発な人だったんですね~。
すごい若くして、亡くなられたんですね・・・

>嫌いではなかったし、生きてる間に親孝行はしつくしたと思 うから
 (反抗期もなかったし。( ̄∇ ̄*)ゞエヘヘ)
 ああすれば。。。はないかな。

それは、いいですね~!
おしゃべり上手で、人を飽きさせない・・・そんなお父さんを
らいぐーさんはほんとに好きだったんだろうなぁ・・・
うちから四天王寺さんは車で1時間くらいなんですが
らいぐーさんちから成田山って、遠いのかな?
Commented by チロママ at 2016-05-21 15:19 x
こんにちは。
みるくちゃんのご両親は、最初から色々なものを背負って結婚生活が始まったのですね。
実父の母(私の祖母)も、姉の死後にその夫(私の祖父)と結婚しました。
やはり色々なことがあったようです。
人間、その立場にならないと本当の気持ちはわからないものですよね。
でも年齢を重ねるに従って推し量ることができるようになって、特に亡くした人への思いは切なく感じるものですね。
お父様の中のみるくちゃんは、かぐや姫を演じる愛らしい幼いままの姿だったのですね。
みるくちゃんがお父様に思いを馳せるだけでも、きっとものすごく喜んでいらっしゃると思います。
Commented by rakki_618 at 2016-05-22 08:34
チロママさんへ

おはようございます。
チロママさんのおばあちゃんも、そうだったんですね。
昔の人は、色々と複雑なことが多い気がします。
そそ・・・人間、その立場にならないと・・・
本当の気持ちはわからないですよね。
チロママさんの言われる通りだと思います。
いかに他人さんの心の痛みなどをわかれるかが
思いやりなんでしょうね・・・
今の世の中、自分のことばっか考えて
人の気持ちを考えない人が多いですが
そうならないよう、思いやりを持った人間になりたいです!
父の中では、私はいつまでも へなちょこかぐや姫だったかな^^
父が喜んでくれてたら、うれしいな(^^)
ありがとうね。
<< 四天王寺さんと阿倍野ハルカス 大阪市内へお出かけ。 >>