1957年2月生まれ

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母のこと

やはり、母は素晴らしい。
この年になって、いや・・・この年になる前から
ずっと、そう思ってる。

あまりにも長文なので、イヤな方はとばしてください。




こんな世知辛い世の中だと、よけいにそう思う。
何が素晴らしかったかって言うと・・・
ずっと「心」がきれいだった。
顔は私に似て(え?)美人ではなかったが
「心」が一生きれいだった。
ほんの少しの間なら、、、
誰だって「心がきれい」でいれる。いや、、、きれいなフリができる。
でも・・・母は、ずっときれいだった。
自分の母親をべた褒めするけど、素晴らしい人だった。
反対に・・・自分の父親をけなすけど、、、父は尊敬できない部分が多かった。

最近・・・
幸せである反面、人間ってひどい生き物なんだなぁ~とか、よく思う。
自分自身は、もうひとりの心の中の自分から見て
「素晴らしいよ」って言ってもらえるような生き方を目指しているが
目指すような方向に、ほど遠いかもしれない・・・
すると、やはり母を思い出してしまう。
「あーちゃん、あんたはホンマにできた人やったわ。尊敬するわ」
母の「なきごと」を一回も聞いたことがない。
貧乏だったハズなのに「お金がない」なんて聞いたことはナイ。
わたしなんて、、、言わずにいよう。と思っても
つい、言ってしまう・・・お金がナイ

一番すごいと思ったのは、鮮明に覚えているけど

あ~今月どうしよう・・・あと4000円や・・・
そんな、ひとりごとを言いながら頭をおさえていた。
そんな母のすがたを初めて見た幼い私は
見てはいけないものを見たような気分になって声もかけれず・・・
部屋の外で、じっとしていた。
そこへ、お客様・・・「あ~ちゃ~ん」って呼ぶ声。
母が玄関まで行くと、近所のその人は
「あーちゃん・・・悪いけどお金貸してくれへん?もうないねん」
そう言った。すると母は
「なんぼよ?」と聞いた。
「4000円」
「よっしゃ、よっしゃ。かまへんよ~」
そう言って、お金を貸していた。
そして・・・
「いつでも、かまへんで。持っていき」
みたいなことを言っていた。
今も・・・なんで近所の人が4000円ってハンパな金額を言ったのか?
そして、そのあと 我が家はどうやってしのいだのか?
その頃の4000円が、今のどれくらいにアタイするのか?
それが知りたい気分です^^

百姓だったから農作物がとれると
きれいなデキのものを他人さんにあげて
我が家はデキの悪いのを食べてた。
母は、そういう人だった(父は、違うが^^)

ある日の夜も、道を歩いていると・・・
見知らぬ人が「氷」を売ってるところを探していた。
母が「わいが、こうてきちゃるわ!」と走って買いにいってあげてた。
親切で優しい母だった。
いつも笑顔の母だった。

挫折を味わいたくなかった弱タレの私が
選んだ高校は私学。公立は受けたくないと言って
多分、誰でも合格できそうな高校を選び入学。
その学費を支払ってくれるためだったんだろうか?
夜も機織り(はたおり)のバイトをしてくれていた。
もちろん、お昼も働いてくれていた。
いま、思えば親不孝だにゃ。。。
高校に入ってからも
「今日は、友達がみんなで喫茶店に行ったけどお金がないから
 わたしだけ帰ってきた」
そんな、何気ないことを言うと
「友達付き合いは、せなあかん。金は、ここにある。
 財布はここに置いておくから、ここから何ぼでも、持って行け!」
そんなことを言って、お金をド~ンとくれる母だった。
結婚するときも
「おまえに、あとひとつ買ってやりたいものがある」
そう言ってバイク屋さんに連れていかれ
「この店の中で、一番高いバイクおくれ~」
一番高いものが一番いいと思ってる母は、そう叫んでくれてた。
勉強をしなさい。そんな言葉も聞いたことはなく
何かをえらそうに教えてくれたこともないが
「自分の後ろに<せい>をつけ
 他人さんの後ろに<おかげ>をつけろ。とは言ってたな・・・」
わたしのセイです。あなたのオカゲです。ってことやろかね。
まぁ。。守れてないかもしれないけど(^^;)あっははああ。
でも、他人さんのセイにはしないように心掛けてるよ^^


母が別の世界で暮らして、今年で丸10年。
どんな時も笑顔だった母。
そんな母が「悪性リンパ腫」で入院し
それでも最初のころは元気で・・・
メソメソ泣いてる患者さんのところに行って
「ねえちゃん、若いんやし病気は治るんやから泣いてたらあかんよ
 もっと笑って、笑顔になってみ。ほな病気も逃げて行くわ」
みたいなことを言っては他人さんを励ましていた。
トンチンカンな母親だったので笑えるような間違いも多かった。
入院中も、私に
「おい、あの看護婦さん・・・ごっついグルメらしいぞ」
そう言うのである。
「え?そうなん?じゃ、色んな美味しいお店知ってるかな?」
「おぉ、知ってるんちゃうか?なんせ、ごっついグルメらしいぞ」
その看護婦(看護師)さんは、すこしぽっちゃりしておられたので
そっかぁ~美味しいものいっぱい食べてるのかな?と思っていた。
そして・・・
ある日、廊下でその看護師さんとすれ違ったので思い切って聞いてみた。
「あのぉ・・・すごいグルメなんですってね。どこかいいお店知ってます?」
すると・・・
「え?久留米から来ていますけど??」
そう言われてしまった・・・(-。-;)
クルメとグルメ、うんうん!似てるね。意味は全然ちがうけど^^
母は、ほんとにトンチンカンな人でもあった。
ある時は
「おい、あそこにベターフライって店ができたぞ。
 どんなもんでもフライにして、すごいらしいわ。
 うまそうやのぉ。一回連れてってくれよ」
そう言うので、連れていくと・・・
ベターフライではなく、ベターライフという日曜大工のお店だったこともあるドテッ
そんな憎めない母も悪性リンパ腫には勝てず
笑顔しか見たことのないような人だったが
<愛子さま、もうすぐ1才>みたいなテレビ番組を観て
「かわいいなぁ」と笑ったのが最後だった。
ほんとうに苦しかったのか、笑顔がなくなった。
母にはガンの告知はしていなかったが、近所の心無い人が母の病室に行き
「あんた、ガンらしいなぁ」と言ったらしく
それで母は自分がガンなのだ・・・と思ったようだった。
母みたいないい人間に、なんてことをしてくれるんだ!と思い
その、ひどいヤツの家に怒鳴り込んでやろうか!とも思ったが
もしかしたら その人は
母が、もうガン告知されてると思ったのかも知れないな・・・
そう思うことにして怒りをおさえた。
そんな母の病室のノートに・・・
自分が抗がん剤を打たれてるのかと思ったらしく
ノートいっぱいに甲がん剤と書かれていた。
私は、それを見て泣きながら
「甲がん剤ちゃうやん。抗がん剤やろ」と声が出ました(;。;)(^^;)
最後の最後までトンチンカンで笑わせられました。
そして、優しくて男らしくて楽しくて親切で素晴らしい人柄に・・・
泣かされました。感動させられました。
今も大好きです!!
幽霊でもいいから、あなたに会いたいです!!
若いころには反発した父のことも今は母と同じくらい思い出します。
仲の悪かったふたりだけど・・・
違う世界での暮らしの中では仲よくやってるのかな^^?

生きてる間は、思うような親孝行ができず かんにんな。
ほんで、ありがとな・・・
Commented by アマリリス at 2012-03-10 14:08 x
こんにちは
みるくさんのお母さんは立派な人ですね。
私も母のことは尊敬している 病気になってどんなに辛くても辛さを見せず、子供達には心配させるような事がなかったですからね。
みるくさんのお母さんにちょっと似たところがあるかも知れないわ 男気性かも・・・
父の甥っ子が大学へ行くのにお金を頼まれて、当時は生活が苦しかったらしいけど大学卒業するまでお金を援助してたらしいわ。
私も親孝行はしなかったけれど、母とは気が合い色々昔話 兄弟の中でも私と一番 話ししてましたね。 今でも生きていてくれたら色々話を出来たのにと時々思います。
自分が誇りに思える親って嬉しいよね。
私が親になって頼りのない親で子供達には申し訳ないけどね。(笑)

 
Commented by rakki_618 at 2012-03-11 07:16
アマリリスさんへ
おはようございます。
アマリリスさんのお母さんと似ていますか^^?
アマリリスさんのお母さんも男らしかった^^?
ほんと、生きてくれていたら・・・
今も、お風呂屋さんに一緒に行ったり
喫茶店に行って、お茶飲んだり・・・
色んな所へ行きたいなぁ・・・と思います。
アマリリスさんと同じように
母と私は、すごく気も合いました。
一緒にいると、とっても楽しかったなぁ・・・
スーパーで母と親しかった友達に会うと
「おまえの、おかちゃんは おまえをほめてた」
そんな風に言ってもらえると・・・
お世辞かもしれないけど、とってもうれしいです。
親孝行、あまりできなかったけど
母は、満足してくれてたのかな?とか
今も考えたりしますね・・・
Commented by らいぐー at 2012-03-11 09:14 x
おはよう~

お母さんってすごいね・・・
私の「お母さん」ってば~ばだけど、ずっと一緒にいるからね~・・・
気が合うっていう感じではないかな・・・?

ま、心の底では頼り(あて?)にしてるし誇りにもしてるし・・・いやぁ~、照れるなぁ♪

問題は私がそんな母親になれているか?。。。ですかね。(; ̄ー ̄A アセアセ・・・

みるくさんのお母さん、娘にこんな風に思い続けてもらえるんだもん、幸せですよ~

みるくさんのお母さんを想う気持ち、すごく伝わってきました
Commented by ふーみん at 2012-03-11 16:02 x
みるくさんのお母さん、立派ですごくいい人だったんですね(^^)
みるくさんもその血を受け継いでいて、そっくりだと思いますよ(^^)

お母さん、こんな風に娘に思われていて、きっと天国で喜んでいると思います(^^)
じーんと来たお話でした。。。
Commented by rakki_618 at 2012-03-12 17:13
らいぐーさんへ
こんにちは~
うん、お母さんはすごかった。って思う。
あんな人に、会ったのは人生で一度きり。
今も母の話をしたら・・・涙がこぼれちゃうよ。
あんないい人、もっと一緒にいたかったよ。
旦那も素晴らしいひとだけどね^^
母は偉大だわ。
ほんと、自分は子供たちからは
そうは思われないだろうな^^あはは
Commented by rakki_618 at 2012-03-12 17:21
ふーみんさんへ
こんにちは~
母に似てるって言われることは・・・
自分の誇りです。誰からも何も思われなくっても
私には、すごいほめ言葉だ^^うへへ
お母さんって、いいよね。
by rakki_618 | 2012-03-10 09:57 | その他のこと | Comments(6)

めざせ!笑顔の多い日々


by rakki_618